ドールハウスはその繊細さから特に女性に人気のあるコンテンツというイメージがありますが、実際には子供も男性も関心を持って鑑賞していただいている姿を見ることができました。
日本でのドールハウスはアメリカやイギリスと比べまだまだ盛んではありませんが、実際にご覧になった方々は誰もが驚きの声を上げることでしょう。今後たくさんの方々の目に触れ、その精巧なつくりはもちろん、制作者の思いや夢を感じていただければと思います。
会場内風景(展示)
3F 企画展示室
平成18年6月22日(木)〜7月19日(水)
大庭ひろこのドールハウス

「ドリームハウス展」
横浜人形の家3Fの企画展示室において、第2弾の企画展を「ドリームハウス展」と題し、ドールハウス作家の第一人者であり、アメリカでの生活経験を生かしたアメリカンスタイルのドールハウスを制作する大庭ひろこ先生とその生徒の作品、約150点を展示しました。
大庭ひろこ先生はアメリカでドールハウス作りを始めて26年が過ぎました。300点を越す自身の作品の他に、生徒指導を通して数えられないほどの多くの作品を手がけられました。自分が縮小されて入り込みたい「憧れのインテリアのドールハウス」と「懐かしい光景」をモチーフに作品を制作し、『ドリームハウス』と名付けています。大庭先生及び生徒の作品は大小さまざまなものがあり、中にはシャンデリアなどの電球を点灯させより作品を美しく見せています。また、ドールハウスには縮尺基準があり、1/12、1/24、1/36と分けることが出来ます。実際に1つの什器に3種類の縮尺基準の作品を並べて、その大きさの比較が出来るように展示しました。
展示風景
展示風景
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2006年制作「チェルシールーム」
1940年生 神奈川県逗子市出身。 
商社員の妻として1968年ロサンゼ
ルス滞在をスタートに、以来通算24
年間をアメリカで過ごす。
大庭ひろこ 略歴
1978年〜1990年
ミシガン州デトロイト郊外、ブルームフィールドヒルズで初めてミニチュア作りを習い、地元グループの「Wee Bees」のメンバーとして活動。
1988年10月、地元の美しい「ヴィクトリアン館」を借り切って最初の「ドリームハウス展」を開く。日本人の生徒達と共に開いたこのドールハウス展は新聞、雑誌に紹介されて近隣の州の評価を得る。
1990年、12年ぶりに帰国。 4月〜6月、「玉川・高島屋」で開かれた展示会で集まった生徒達を中心に世田谷でドールハウス教室、スタジオ「ドリームハウス」を開設。8月、「横浜有隣堂」で第1回目の「ドリームハウス展」開催、その後有隣堂でトールペインティング教室開設。3年間に「柏・高島屋」を始め各地で「大庭ひろこドリームハウス展」開催。1993年5月、3度目の渡米のため世田谷のスタジオを閉じる。
1993年〜2000年アメリカ滞在中は全米一の人気ドールハウス作家、ブルック・タッカー女史に全面指示を受ける。自宅スタジオで指導する傍ら、全米各地のミニチュアショーやコンベンション、IGMAスクール、イギリスのショーに参加。日本では1996年に、「横浜人形の家」に6年を費やして制作した、最大のドールハウス「All My Dreams」を寄贈する。
2000年5月、帰国。 東京・目黒でスタジオ「ドリームハウス」を再開設。 2001年5月、 神奈川県逗子市にスタジオを開いて、制作と指導を続け、2006年7月、横浜人形の家にて「ドリームハウス展」を開催した。
1996年に寄贈された「ALL MY DREAMS」
大庭先生が初期の頃に制作した作品
最新作「チェルシールーム」(下段)
1985年に制作した「ビクトリアンティーガーデン」
ウエッジウッドのカップ&ソーサーをアレンジ
して制作した作品
クリスマスリース(大庭作品)
大庭作品を手本として制作した生徒作品
7月16日(日)にはプロデューサー北原照久・ドールハウス作家大庭ひろこ・戸塚恵子によるトークショーを行いました。
来館者の多くはその作りの細かさに驚きの声をあげ、1点づつゆっくりと鑑賞されているお客様が目立ち、館内の滞在時間も長くなりました。